熟練の職人が、真剣な顔でぬいぐるみの「しろたん」にやさしく蒸気を当てている――。 【写真多数】水が茶色に!「たれぱんだ」が、どんどんきれいになっていく様子はこちら 2023年6月、「ネットで洗濯.com」という、ぬいぐるみ専門のクリーニング・修理サービスが旧・Twitter(現・X)に投稿した一枚の写真が、大きな反響を呼んだ。 それ以降、ピカチュウやちいかわ、カービィなど、いろいろなぬいぐるみを1体ずつ大切に手入れする様子がSNSで話題になり、何度も広く共有されている。 このサービスを行っているのは、山梨県で30店以上のクリーニング店を運営する「403(ヨンマルサン)」。ぬいぐるみクリーニングの依頼は5年ほど前から急に増え、今では1年間に1万体以上のぬいぐるみを預かっているという。料金はスタンダードコースの15センチ以内で1760円、ハイブランドコースは5280円など。綿詰めや綿交換はオプションで別料金だ。 「私は、しろたんのことが大好きな『しろたニスト』です。家には、しろたんのぬいぐるみが50体以上います。SNSで、職人さんがしろたんに『シューシュー』とアイロンをかけている動画を見て、ぜひここに連れてきたいと思いました」 そう話すのは、埼玉県から山梨県富士河口湖町にあるクリーニング403を訪れた男性。20年以上寄り添ってきたしろたんを、妻と娘と一緒に連れてきた。 しろたんは、たてごとアザラシの赤ちゃんをモデルにした白いキャラクターだ。持ち込まれた2体のしろたんは、長い年月を過ごしてきたことが一目でわかる。汚れがあるだけでなく、中の綿がつぶれて、少し小さくなっているようにも見える。 ■「“2人”だって」 「1体は、私が独身のころから持っているものです。もう1体は、結婚したときに妻が買ってくれました。どちらのしろたんも、私たちにとって大切な存在です。子どもたちは、物心がつく前からしろたんと一緒に過ごしていて、家族の一員のように感じています。2年前、家族4人で富士山の周辺に訪れたことがあります。しかしその後、家族にとってつらい出来事を経験し、子どもを1人亡くしてしまいました。あのときの思い出をもう一度たどりたいと思い、調べていく中で、このお店が河口湖にあると知りました。それなら、しろたんも一緒に連れてこようと思ったんです」(男性) 店員が見積もりを出し、「2人で3万円です」と伝えると、「“2人”だって。人みたいに大切に扱ってくれるんだね」と話し、家族3人で顔を見合わせて笑った。
依頼は日本だけにとどまらない。中国や台湾、韓国のほか、ヨーロッパやアメリカなど、海外から大切なぬいぐるみを持って訪れる人もいる。 「私たちは、できるだけ長く一緒に過ごしてほしい。そんな思いで、クリーニングとリペア(補修)の両方に力を入れています」 そう話すのは、クリーニング403の広報部長・森弥子さん。ぬいぐるみクリーニングは他の店でも行っているが、クリーニング403の強みは、国家資格を持つクリーニング師が12人もいることだ。 「洗い方の組み合わせは、15~25通りほどあります。ぬいぐるみの素材や傷み具合に合わせて、洗い方を変えているためです。シミ抜きだけでもいろいろ方法があり、手で洗うときの力の強さも調整します。強くこすると汚れはよく落ちますが、その分、ぬいぐるみが傷みやすくなります。だから状態をよく見ながら丁寧に作業します。職人がマニュアルを参考にしつつ、一番良い方法を選んでいます」(森さん) このような細かく丁寧な作業は、同社が長年積み重ねてきた経験があってこそ可能になる。ぬいぐるみに加え、衣類やテント、スキーウェア、ヘルメット、スーツケースなど、幅広い製品を扱ってきた経験が生きているという。 ■あえて残してほしい 「弊社は1996年に、業界で初めてテントクリーニングをサービスとして始めました。テントはとても大きいですが、フックやロープが付いていて、とても壊れやすくデリケートな製品です。そのため、大きなものでも丁寧に洗う技術が必要になります。その経験や技術が、ぬいぐるみのクリーニングにも生かされています」(同) ぬいぐるみのシミは、できるだけ落としてほしいという人もいれば、思い出としてあえてそのまま残してほしいという人もいる。 「たとえば、子どもが描いた落書きのシミや、ほつれた糸を『チャームポイント』として、あえて残してほしいという希望もあります。そうしたお客様の気持ちをきちんと受け取り、受付スタッフから工場の職人まで、しっかり情報を共有しています」(同) 今回の取材では、記者自身も、30年間ずっと片時も手放すことのなかった「たれぱんだ」のぬいぐるみを5体持ち込んだ。これまで何度も風呂場で水洗いし、生地が薄くなった部分には別の布を当てるなど、できることはすべてやってきた。しかし最近は、どうしても汚れが落ちなくなっていた。 それを、工場の職人が下洗いを始めたところ、すぐにシンクの水が茶色く濁るほど、たくさんの汚れが浮かび上がってきた。 「接着している部分や縫い目の部分が、どこにあるかを、常に確認しながら洗っています。ただ汚れを落とすだけでなく、少し色が明るく見えるようになる洗剤を使っていきます。もちろん、ぬいぐるみ専用の安全性の高い洗剤を使用しています」(工場の職人)
傷みが進んで洗濯機に入れられないものは、すべて手作業で洗浄していく。 「汚れの種類に合わせて、使う薬剤やその濃度を調整しています。薬品は温度によって効き方が変わるので、蒸気を使って温度を調整しながら作業します。漂白は色が落ちてしまう可能性があるため、基本的には行いません。長い年月でできた黄ばみは、専用の薬剤を使って落とします。ただし、強い薬剤は生地を傷めてしまうことがあるため、素材や状態を見ながら慎重に使い分けています。こうした作業は、家庭用の洗剤ではなかなかできません」(同) 下洗い、洗浄、乾燥、リペア、そしてアイロンで蒸気を当てる仕上げ――。こうした一連の作業を経て、ぬいぐるみは最短で3営業日以内、通常は1~2週間ほどで持ち主のもとに戻る。 1日に扱うぬいぐるみは40~50体ほどあるが、まったく同じものは一つもない。だからこそ、どのぬいぐるみに対しても気を抜くことはできない。 ■「生まれ変わったね」 「以前、グレーのしろたんをお預かりしたことがありました。ところが、クリーニングを進めるうちに、だんだん色が変わって青っぽくなっていったんです。そのときは一瞬、『薬品を間違えたのでは』と、青ざめました。ですが調べてみると、長年の汚れでグレーに見えていただけで、実はアイスブルーの限定商品だったことがわかりました。ほっとしたのと同時に、きれいになったしろたんを見て、思わず『生まれ変わったね』と声をかけてしまいました。『楽しい』と言うと少し違うかもしれませんが、お客様が長年大切にしてきたぬいぐるみが、少しずつ本来の姿に戻っていく過程に立ち会えることは、やはりうれしいですね」(同) 長く一緒に過ごしてきたぬいぐるみだけでなく、最近はVTuberやアイドルアニメのキャラクターなど、いわゆる「ぬい活」のためのぬいぐるみの依頼も増えているという。 SNSの広がり、確かな技術力、そしてぬいぐるみを家族のように愛する人々の思い――。それらが重なり合いながら、今日もまた、新たな“相棒”がこの場所へと運ばれてくる。 (AERA編集部・古寺雄大)
古寺雄大
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