お目当ては「日本らしい」絶景だ。山梨県富士吉田市の新倉山浅間公園には、富士山を背にした五重塔の景観を求め、世界中から観光客がやってくる。華やかな光景の裏で、周辺地域では観光公害(オーバーツーリズム)が発生している。 【写真】これぞ絶景! 「富士山と五重塔と桜」が3時間待ちの行列 * * * 「まるで絵はがきみたいだ」 雲ひとつない青空の下、富士山と五重塔(忠霊塔)、そして満開の桜が重なる光景を新倉山浅間公園の展望デッキから見下ろし、イタリアから来たステファノさんは感嘆の声を漏らした。 インドから訪れたスニルさん夫妻は「日本の文化と自然の美しさに昔から興味がありました。この場所にはその両方がある」と語る。 4月上旬、住宅地に面した公園入り口には、観光客が波のように押し寄せていた。姿や会話から推察すると、多くが外国人観光客のようだ。展望デッキには行列ができ、朝から3時間待ちだ。 中国人のツアーガイドによると、この公園は東京に滞在する外国人観光客の「定番観光ルート」に組み込まれているという。 「電車や観光バスで山中湖や河口湖、富士山五合目を巡り、新倉山浅間公園を訪れる。今年は中国からの観光客が激減しましたが、アメリカ人が増えています」(ツアーガイド) ■庭で小便は日常茶飯事 富士吉田市によると、桜の時期には1日1万人以上が新倉山浅間公園を訪れるという。 外国人観光客が増えたのは10年ほど前だ。住民によれば、公園からの富士山と五重塔の「絶景」写真が2015年に海外のガイドブック『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』の表紙を飾ったことがきっかけになり、その後「SNSによる爆発的な認知拡大」(同市)が起きた。 住民の一人は、外国人観光客増加の感触をこう語る。 「以前は桜の時期だけだったのが、今では一年中来るようになった。冬も来る。昨年あたりからは、雨が降って富士山が見えなくても来るんです」
公園は山の尾根に位置し、観光バスの駐車場からは住宅地のなかの生活道路を歩いて20分ほどの距離にある。ふもとの住宅地へ流れ込む観光客は、住民の生活に深刻な影響を及ぼしている。 「『トイレを貸して』と言って勝手に敷地に入ってくる。庭でおしっこをする。もう、しょっちゅうだよ」 住民の高齢男性は、苦笑とも諦めともつかない表情で語った。庭の石に腰を下ろして休む観光客もいるという。 「庭で草むしりでもしていれば、気づいて注意するけれど、言葉が通じないこともある。庭木を背景に、ぼくにカメラを向けてくる人もいる」 記者も実際に、住宅の敷地内で座り込む複数の外国人観光客を見た。市によると、敷地内で大便をされた住民もいるという。 ■児童が車道に押し出される この日、話を聞いた複数の住人が共通して訴えたのは、日常の移動が「普通にできなくなった」ことだった。 観光客が公園周辺の住宅地の車道にあふれ、住民の車が止まる。狭い生活道路は渋滞し、車の横を観光客が歩く。車の移動がさらに制限される悪循環が続く。 子どもを保育園に送迎する住民の40代女性はこう語る。 「プップップッとクラクションを鳴らしながら、どいてどいてって感じで、毎日、車を走らせています」 付近には小中学校もある。富士吉田市によると、観光客があまりに多いために、児童が歩道を歩けずに車道に押し出される状態が生じ、保護者や地域住民から危険を訴える声が上がったという。 同市は今年2月、「観光客の過度な集中を抑制し、地域住民の負担軽減を図る」として、約10年続けてきた「新倉山浅間公園桜まつり」の中止を決定。観光客対策として4月1日から17日まで警備員の配置や臨時駐車場、仮設トイレの設置などの対策を講じた(交通規制は19日まで)。 住民の反応はどうか。 「今年、まつりを開催していないとは知りませんでした。外国人観光客のお祭り騒ぎは毎日続いている。状況が変わったようには見えません」(前出の40代女性)
「仮設トイレを設置したのはよかった」という人はいたものの、「観光客は一年中来るんだから、桜の時期だけ対策しても意味がない」という声は複数あり、住民の見方は厳しいようだ。 同市富士山課の羽田正利課長は、こう語る。 「まつり中止の評価については、今後、さまざまな情報を得て分析することが必要で、現段階での評価は難しい」 ■観光客で「稼ぐ側」「迷惑を受ける側」 外国人観光客の増加は、生活環境を変えただけでなく、住民同士の関係にも揺らぎを生んでいる。象徴的なのが、観光客向けに自宅敷地を駐車場として貸し出す動きだ。 新倉山浅間公園近くの住宅地には、民家の私設駐車場がいたるところにある。住宅地内に駐車できれば、公園までの移動距離は短くなる。 だが、疑問を持つ住民もいる。住宅地に駐車場が増えれば、車の出入りが激しくなる。生活道路に渋滞が発生しやすくなり、歩行者の危険も増すからだ。 住民の高齢女性はこう語る。 「『庭を駐車場にして稼ぎましょう』と、私も誘われました。でも、そうするのがよいこととは思えなかった」 足が不自由な彼女にとって、車が出せない・戻れないというのは切実な問題だ。女性が問題視するのが、路上からの「呼び込み」だ。 「路上に出て、観光客の車に声をかけて『駐車場がある』と呼びかける人もいます。車を止めたら、渋滞が悪化してしまう」(前出の高齢女性) 「観光客が来ても一銭にもならない。邪魔になるだけ」 そんな声も聞いた。 いま、住民が向き合っているのは「観光公害」であり、観光資源と生活道路を巡り、「利益を享受する側」と「迷惑を被る側」に境界線が生じたことによる、静かな分断だ。 前出の羽田課長はこう語る。 「地域住民の安心安全と、観光産業とのバランスをとるのは難しい。今後も関係者のみなさまとコミュニケーションをとりながら、対策を進めたい」 住民たちも難しさを理解しているようで、現状を「仕方ない」と漏らす人は少なくなかった。観光客が公園で記念撮影に興じるなか、地域住民たちには、怒り、諦め、受容が入り交じり、複雑な揺らぎが漂っていた。 (AERA編集部・米倉昭仁)
米倉昭仁
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