日立製作所は2024年10月から、社外副業制度を本格導入した。対象は正社員だけでなく有期契約社員やシニア層を含む全従業員だ。原則として、業務委託型の「非雇用型の副業」を認めているという。 【写真を見る】ビール醸造所で副業する日立の斎藤岳さん 前回の記事【日立が踏み出した「副業解禁」 “試行1年”で磨き上げた制度設計の「4つの承認基準」とは?】では、日立製作所が5年の歳月をかけて構築した副業制度の狙いや、導入の舞台裏を紹介した。 では実際に日立の社員は、どのような副業をしているのだろうか? 話を聞くと、NPO活動やYouTuber、地域でのビール醸造(【日立「Lumadaの中核人材」が副業でビール醸造 地域貢献がマネジメント力を育てた理由】参照)など多様な仕事に取り組んでいるようだ。 2024年度は社員からの副業申請が約370件あり、そのうち承認に至ったのが約310件だったという。つまり約2割の60件は却下されていることになる。 社員の副業推進と合わせて、利益相反や情報漏洩(ろうえい)を防ぐためのルールも整えた日立。副業制度の利用実態と、それを支えるルール整備について、人財統括本部の小野遵英さん(人事勤労本部 トータルリワード部 労務・雇用企画グループ主任)に聞いた。
コンサル、YouTuber、起業 日立社員はどんな副業をしている?
――日立の社外副業は、どういった職種や業種が多いのでしょうか。 2024年度に実施したアンケートを見ると、最も多いのは民間企業での副業で、全体の約半数を占めます。コンサルティング業務や企画・マーケティング関連の仕事が多いです。次に多いのが非営利団体、いわゆるNPOやボランティア団体での活動で、地域団体での支援などが中心です。 その他には、大学で教壇に立つ技術者や専門職の方が約1割、地域の消防団など公共性の高い活動をされている方も一定数います。地方でお米を販売するなど農業関連の事業を始めた方もいます。 自身で起業して個人事業主として働いている方も、およそ2割います。最近では顧客からの依頼に応じたコンテンツを生成・制作するようなクリエイティブ系の仕事も増えています。いずれも、自分の得意分野や興味を生かした個人事業のケースが多いですね。 ――個人事業主として働く方の具体的な職種は? ライターやカメラマンの他、Webデザイナーとして自身の制作会社を運営している方もいますね。社会保険労務士などの資格を生かして、本業とは別に業務を請け負うケースもあります。 ――社員が自ら会社を立ち上げた場合、その扱いは「非雇用型」になるのですか? 個人事業主として会社を設立し、役員報酬を得ている場合は、雇用型としては扱っていません。役員報酬は給与所得とは異なり、法人格を持つ個人事業主としての扱いになります。そのため、本業の年末調整とは切り離し、各自が確定申告で申請してもらう形です。 副業の収入を給与所得とした場合や、副業分の所得が20万円を超える場合は、会社から発信される年末調整の案内に沿い、本人が確定申告をするルールにしています。従って、会社としては年末調整の対象外としています。 ――YouTuberのような活動も対象になりますか。 はい、認めています。YouTubeチャンネルの運営も申請手続きをすれば問題ありません。実際、そうした創作活動をしている従業員もいます。 ――他にも、従業員が副業として起業したり、家業を継いでいたりする例はあるのでしょうか。 あります。クリエイティブ分野で、自分で制作会社やデザイン事務所を立ち上げる人が比較的多いですね。親の事業を引き継ぐケースもあります。例えば個人経営の店舗などを、経営者として引き継ぐ従業員もいました。副業の職種は本当に多様で、従業員一人一人のキャリア観や生活背景を反映しています。
副業は「目的」ではなく「手段」 “自律型人材”を育成するために
――勤務態度や評価によって却下することはあるのでしょうか。 基本的にはありません。前回の記事で話した4つの基準の通り「本業に支障をきたしていないか」という点を踏まえ、本業での成果、副業をする意義を理解して取り組んでいるかを確認しています。 「この人はOKだけど、あの人はダメ」という判断は、公平性の観点からも避けるべきです。今は働き方も柔軟化していますので、勤務日数や出社頻度だけで良し悪しを判断することはしていません。 ――2023年10月の試行段階から本格導入に移る際、制度面でどんな変化があったのでしょうか。 大きな変更点はありませんが、あいまいだった部分を明文化し、規則として体系的に整備したことが一番の違いです。例えば申請手続きや判断基準、運用のQ&Aなど、これまでは現場の判断に委ねていた点を整理し、どの事業所でも同じ基準で運用できるようにしました。試行期間中に現場から挙がっていた疑問や改善要望を反映し、制度全体をブラッシュアップしたことが、本格導入段階での大きな変化だと感じています。 ――社員の副業経験を本業に生かしてもらうために、会社として取り組んでいることはありますか。 社外副業は個々の従業員の挑戦や社会貢献につながるだけでなく、最終的には会社にとっても学びや気付きを還元できる取り組みだと考えています。ただ、現時点で「社外副業を経験した人だからこのプロジェクトに参画してもらう」といった直接的な運用はしていません。 むしろ、社外副業を通じて自ら課題を発見し、異なる環境でその解決に挑戦することで、自身のケイパビリティ(能力や強み)や視野を広げることを狙いとしています。その経験を経て本業でより大きな成果を出せたり、新たなキャリアを描けたりすることが、結果的に会社にもプラスになる。そうした自律的なキャリア形成を促すことが、社外副業制度の根本的な目的です。 ――今後、社員の働き方や組織の姿はどのように変化していくと考えていますか。 従業員一人一人が「自分で考えて行動する」姿勢を強めていると思います。ここ5~10年でビジネス環境や働き手の価値観は大きく変わり、多様化が進みました。その中で、一人一人が自分のスキルや経験を整理し、「会社や社会にどう貢献できるのか」「どんなことに挑戦していくのか」を自律的に判断するようになると思います。そうした自己理解と能動的な行動が、結果的に組織の成長を支える時代になると感じています。
「個の自律」 巨大組織の可能性を広げるか?
以上がインタビュー内容だ。日立の副業制度は、組織力を高めるための人材戦略であることが分かる。 印象的なのは、申請の2割を却下してでも「利益相反」の基準を譲らない厳格さだ。このルールがあるからこそ、逆に社員は安心して副業を始められるともいえる。 企業は「社員を囲い込む」ことで成長するモデルから、外の世界で研鑽(けんさん)を積んだ「自律した個人」に選ばれ続けるモデルへと、その前提を書き換える必要があると感じた。日立が歩んでいる道は、まさにその現場といえる。 (河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
ITmedia ビジネスオンライン
満足度98%、本業への支障は「ゼロ」 上長が健康管理も
――副業制度が社員のモチベーションに与えている影響はどうでしょうか。 非常にポジティブです。アンケートでは約98%が「自身の成長や視野の広がりを実感した」と回答し、社会貢献を実感しているという声も9割に上ります。一方で、本業に支障が出たという報告は一例もありません。 ――労働時間の管理や、過重労働への対策はどうなっていますか。 ガイドラインでは「週7~8時間程度」を目安とし、実施時間はシステムで自己申告してもらうことで労働実態を把握しています。 もし本業と副業を合わせた時間が2カ月連続で長時間に及んだ場合は、上長が健康確認を実施します。また、長時間労働の基準を超えた場合には産業医面談を受けられる仕組みも導入しました。健康へのリスクを、専門家の視点で早期に察知できるようにしています。
申請の2割は却下 「利益相反」「情報漏洩」リスクに対応
――副業に関しては、申請すれば基本的には承認されるのでしょうか。 取引先との利益相反などから却下するケースもあります。本人が気付いていなくても、上長や人事が確認した際に「ここは取引先だから避けたほうがいい」「技術情報の漏洩リスクがある」と判断することがあります。2024年度は、申請が約370件あり、そのうち承認に至ったのが約310件でした。 ――約60件、つまり2割ほど却下している計算になりますね。この「利益相反」に関する審査基準は、線引きをする難しさもあるかと思います。副業が当たり前の世の中になるにつれ、緩和していく可能性はありますか。 現状、当社ではその予定はありません。技術情報の共有やスキルの流出、情報漏洩などが起こるリスクを考えると、そこは一定の軸を保ったまま慎重に運用していく必要があると考えています。 ――日立の場合、原子力や新幹線など、国策に関わるような専門技術もあります。こういった部署の副業はどうなっているのでしょうか。 確かに、原子力関連など機密性の高い業務に携わっている部門では制約が厳しいです。国籍による就業制限もあり、そもそも本業として就ける人が限定されています。そのため、たとえ副業が認められていたとしても、技術的な情報や知見が外部に流出する可能性のある職種では慎重な判断をしています。 もちろん、そうした部門の方でも、例えば、野球教室のコーチをしたり、写真撮影を副業にしたりといった本業と関係のない活動であれば問題ありません。ただし、企業間の副業や業務の延長線上にある仕事となると、やはり許可を出すのは難しいのが現状です。 ――原則として「非雇用型(業務委託)」に限定しているのは、厚生労働省のガイドラインを意識してのことでしょうか。 そうです。雇用型の社外副業については、労働時間を通算する必要があるなど、さまざまなルールが厚労省から示されています。 当社としても、そうした法的要件を踏まえる必要があるため、雇用型の社外副業は現時点では難しいと感じています。実際、副業先での勤務時間を証明することは非常に難しく、万が一、外部での業務が時間外に当たる場合には、個別に確認して対応しますが、これまでそのケースはほとんどありません。
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