韓国の大手サムスングループを辞めて、日本のIT企業に転職した韓国人エンジニアがいる。 【画像】サムスンSDSで働いていた当時の写真(本人提供) リュ・ジンシクさん(41)。8年前、レンタルサーバ事業などを手掛けるGMOペパボに転職するため、妻と息子の3人で来日。同社の拠点がある福岡市でITエンジニアとして働いている。 来日する前、日本企業には「堅い」イメージを抱いていたというリュさん。そんなイメージが覆される衝撃的な経験をしたという。 とにかくスピードと結果を重視する「パリパリ」(早く早く)文化の韓国と、意思決定に至るまでの「プロセス」重視の日本。双方の企業で働いた経験を持つリュさんは、それぞれの企業文化や社会の違いをどう見ているのだろうか。
韓国での安定を捨てて、なぜ日本に?
リュさんはソウル出身。弘益大学でコンピューターサイエンスを専攻し、2010年にサムスングループ傘下のIT企業、サムスンSDSにインターンを経て入社した。 サムスンSDSでは、放送システムや会議用オーディオビジュアル(AV)システムのインフラ構築など、いわゆるSIerとしての業務がメインだったという。 約9年間働いたのち、現在のGMOペパボに転職した。同社ホスティング事業部において、インフラエンジニアとして働く。Webサイトやドメインの提供といった、多数のユーザーが利用するサービスの運用管理を担い、現場の改善から問い合わせ対応まで幅広く手掛けている。 韓国での安定したキャリアがありながら、なぜリュさんは日本への転職を決めたのか。そこには、大きく2つの理由があった。 「1つ目は、ユーザーから直接的なフィードバックを感じたいと思ったことです。前職はBtoBの仕事が中心でした。自分たちが直接運営するサービスで、ユーザーの反応を感じながら働きたいという思いが強くなりました」 「2つ目は、大学の専攻を生かし、より純粋なIT分野の仕事を追求したかったからです」 もともと海外生活への関心もあった。ゲームやアニメなどをきっかけに日本文化になじみ、中学時代から日本語を勉強していた。韓国で開催された採用イベントでGMOペパボと出合い、数カ月の選考を経て、33歳のときに日本でのキャリアをスタートさせた。
日本のデジタル「遅れ」をどう見るか
一方で、生活面に目を向ければ、日本のデジタル化の遅れに戸惑うこともしばしばある。 「来日した当初、銀行口座の開設と携帯電話の契約には本当に苦労しました。口座を作るには携帯電話が必要だと言われ、携帯を契約するには銀行口座が必要と言われて……」 「通帳一冊を作るにも窓口で手続きをしてから受け取りまでに数週間待つ必要がある。韓国ではその場で完結することが多いため、当時は戸惑いの連続でした」 数年ごとに韓国へ帰省すると、社会インフラが塗り替えられるような大きな変化の速さに圧倒されることもあるという。 「今の韓国では、バスや地下鉄でもキャッシュレス化が徹底されており、現金を使わないことが当たり前になっています。コロナ禍が明けて久々に帰国した際、バスで現金が使えないと告げられ、慌ててバスを降りたこともありました」 新しいものを取り入れ変化するスピードは、韓国の方が速いと実感する。日本がこれからも海外出身者にとって働きやすい社会であり続けるためには、変化に対して保守的な側面は改善の余地があると感じている。 一方で、日本もコロナ禍以降、変化のスピードが速まったとも感じるという。 「ITエンジニアとして見ると、日本は今、変化の真ん中にいて、それが加速している国だと感じています。 ITエンジニアとしてやるべき仕事が多く、そこに魅力があります。企業の規模に関係なく、自分の仕事によって何か変化していく実感が持てます」
安定と個人の尊重が、成長を支える
現在は、妻と中学生になる息子の3人で、福岡で生活している。 「家族も日本での暮らしに満足しています。物価や家賃などは近年やや上がってきていますが、社会環境が比較的安定しています。また、韓国よりも個人の個性や能力が尊重される雰囲気もあります。自分の努力次第で、仕事以外の悩み(生活の不安定さ)に揺さぶられることなく成長していける環境だと感じています」 韓国のスピード感ある競争社会と、日本の丁寧な合意プロセスや個を重んじる文化。リュさんはその両方を経験した上で、今の環境に自分なりの納得感を見いだす。 私たちが日頃、当然のこととしてあまり省みることのない「社会の安定」や「個を認める文化」は、働く人の安心感や成長を支える強みになっていると感じさせられる。 これらの強みを生かしつつ、変化への恐れを手放したとき、日本社会は多様な背景を持つ人々にとってより働きやすい場所へと進化していくのかもしれない。
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「スペック重視」の韓国 履歴書には資格がびっしり
韓国社会は、日本でも知られるように「スペック重視」の傾向がとても強い。リュさんがサムスンSDSに在籍していた当時も、過熱するスペック競争を実感していたという。 「サムスンSDS時代に新卒研修の指導を担当した際、新入社員の履歴書を見ることがありました。英語、中国語、日本語などマルチリンガルは当たり前。中にはスキューバダイビングなど、一見仕事と関係なさそうな資格まで書かれていました。履歴書に書くスペックが、個人の能力を示す唯一の基準のようになっているのです」 リュさん自身も、大学の成績や語学スコアに加え「誰かに教えるスキルがあること」を示すため、自動車の運転教習の指導員経験なども履歴書に記載して、入社試験や面接を突破したという。 厳しい競争環境を経てきたリュさんにとって、転職した日本の企業文化には驚くことが多かった。特に衝撃を受けたのは、社長との距離感だ。 「もともと日本の企業や社会には『堅い』という印象を漠然と持っていましたが、実際に来てみると非常に自由な文化に驚きました」 「一番驚いたのは社内イベントで、社長が自らサンタクロースの服を着てプレゼントを配っていたことです。前の会社では、社長は社内で会ったとしてもあいさつもできないほど遠く、堅い存在でした。でもここでは、隣で働くパートナー(同僚)のような感覚で自由に会話していたので、本当にカルチャーショックでした」 日々の働き方を支える制度面でも、前職との違いを実感したという。 「勤怠についても、今の職場はフレックスタイム制が導入されており、非常に柔軟です。有給休暇の申請も、理由を細かく問われることなくスムーズに承認されます。こうした個人の裁量を尊重する文化は、すごくいいなと感じました」
「パリパリ」の韓国と「プロセス」の日本
日韓双方の現場を経験したリュさんは、両国の仕事に対するアプローチの違いを感じるという。韓国の仕事文化を象徴する言葉に「パリパリ」(早く早く)がある。 「韓国はとにかくスピードと結果を重んじます。もちろんクオリティーも求められますが、目標が決まれば全体的な大枠、レイアウトを早めに完成させることが重視されます」 これに対して、日本の職場では、意思決定に至るまでの「プロセス」が非常に丁寧に扱われると感じている。 「日本でプロジェクトを進める際には、まず大枠を決めるというよりは、情報をちゃんと集めて全員で共有し、検討する時間を必ず設けます。一歩ずつ、全員の足並みをそろえて進めていく印象があります」 また、ITエンジニアに対する評価やキャリアの捉え方にも前職との違いを実感しているという。前職では、ITエンジニアはある程度の年齢になれば管理職(マネジャー)に昇進するのが一般的なキャリアパスだったが、今の職場では、生涯現役のエンジニアとして技術を磨き続ける道も尊重されていると感じる。 「評価の基準も公開されており、なぜその評価に至ったのかというプロセスが明確な点も、納得感がありました。前職では評価の内容や結果が伏せられていました」
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