モデル・タレントとして活躍する西山茉希さん(40)は2019年に離婚を経験した。元夫との結婚生活中は、いつの間にか「二人でいるはずなのに一人、というような孤独感があった」と語る西山さん。別れて距離を置き、相手への期待を手放したことで、自分自身の心を取り戻し、新たな関係性を築けるようになったという。 【写真8枚】すごい透明感…西山茉希さんの最新ショットはこちら * * * ――離婚に至るには、何か決定的な出来事があったのでしょうか? いえ、そういうことはないんです。当時は、小さな子どもたちを抱えながら、夫婦関係の“行き止まり”にぶち当たっていました。彼を大切に思う気持ちは変わらないものの、二人の関係性を何かしら変えなければ、一歩も動けない感覚になってしまった。その結果として、離婚を決断せざるを得ませんでした。 ――“行き止まり”とはどういう状態なのでしょうか? 相手に「夫」「子育てのパートナー」としての役割を求める思いと、彼が仕事に邁進するのを応援したい思いの間で、葛藤がありました。 とはいえ、相手と衝突したり、外で愚痴を言ったりはしたくはない。それなのに、つい愚痴をこぼしてしまうことが少しずつ増えて「ああ、こんなことを言う自分は嫌いなのに」と、いやな気持ちになっていく。自分の好きな自分が、どんどんいなくなっていくようでした。 気がつくと、相手にどう話しかけていいかわからなくなっていました。何か気持ちが湧き上がってきても、喉のあたりがぎゅっと締まって、声が出ないんです。 ――それはいつ頃のことですか? お別れを選択する1~2年前です。相手との結婚だけでなく、親として家族をつくる上で、日常で生じる何げない「これはいやだ」「こうしてほしい」といった気持ちを、言葉に出せなくなってしまった。いきなりその状態になったのではなく、徐々に悪化していたのかもしれませんが、気づけませんでした。 勇気を出して何かを伝えたときに「理解されなかった」と感じた経験や、自分だけが相手を責めているような気がしたことから、次第に、「伝えること」を避けるようになったのだと思います。慌ただしい日々を過ごすなかで、「気持ちを伝えるくらいなら、自分で動こう」「私が家庭を引っ張っていこう」と自己完結するうちに、相手への言葉が出なくなっていった感じです。
■「離婚して良かった」とは簡単に言えない ――離婚当時、お子さんたちは5歳と3歳でした。どんな反応でしたか? まだ小さかったので、離婚について詳しく説明したわけではありません。ただ、育つ過程で次第に理解したようです。結婚していたときから、忙しくてパパが家にいないことは多かったので、そんなに違和感を覚えなかったのかもしれませんね。 今も、子どもたちを含めて元夫とは交流はあります。娘2人と私によるチームに、たまにソロの演奏者が加わってセッションする、といった感じでしょうか(笑)。 ――西山さんは「子どものためにも別れたほうがいい」という考えだったのでしょうか? いえ、私は今でも、離婚したことが子どもたちにとって良かったのかどうかわからないんです。 よく「親が幸せでいることが、子どもにとって何よりの幸せ」という言い方がされますが、私は必ずしもそうは言えないと思います。“結果的に”そういうご家庭もあった、ということ。子どもといっても一人ひとり違いますし、少なくとも私が「私たちが別れたほうが、子どもたちも幸せだった」と勝手に解釈することはできません。 ただ、私が子どもたちを愛していることは何も変わりませんし、これからも愛し続けていきたいと思っています。 ――「別れて良かった」とは簡単に言えない、というのは重みのある言葉です。 本当なら、幸せなパートナーシップを築きたかった。誰だって、別れたくて結婚するわけじゃないですよね。いまだに、実家に帰ったり、兄弟の家族たちと一緒に旅行に行ったりするとき、ある瞬間、猛烈な寂しさを感じることがあります。 もちろん、私が全力で自分の心と向き合って出した結論ですし、「あのとき、こうしていれば」「あのとき、こんな言葉をかけていれば」といった後悔はありません。 それでも、当事者の一人としては、安易に離婚を推奨できない気持ちがあります。一度は人生を共に添い遂げたいと思った人とお別れすることになる、というのは、それだけ大きなことなんですよね。 (聞き手・構成/塚田智恵美) ●西山茉希(にしやま・まき)/1985年、新潟県生まれ。2005年から雑誌「CanCam」(小学館)の専属モデルを務め人気を博す。13年に結婚し、2人の娘を出産。19年離婚。ライフスタイルがSNS等で支持を集め、現在はYouTubeやバラエティー番組などで幅広く活動中。
塚田智恵美
■彼を家の屋根の下に縛り続けていた そうなると、相手は「なぜしゃべらないんだろう? 不機嫌なのだろうか?」「思っていることがあるなら、言ってほしい」と思いますよね。私も、伝えればいいと頭ではわかっている。でも、できない。あれだけ楽しかった会話が、できなくなってしまいました。 おそらく、私は夫婦間の“換気”が下手なんだなと思います。家庭という閉じた空間の中で、二人の間に風の通る隙間がなく、息苦しくて動けない状態になっている。一歩でも前に進むには、風穴を開けなければいけない。でも、今のままでは絶対に穴は開けられない……だから、離婚を決めました。相手がどうこうではなく、私が「自分自身」を立て直すための選択でした。 ――どのように離婚を切り出したのですか? 子どもを預けて、二人で外食をしているときに、私はここから彼を見送るのだ、という感覚でお話ししました。相手を責める気持ちはまったくありませんでした。 ――「見送る」とは、どんな感覚だったのでしょう? 素晴らしい才能があり、芸事の世界で輝くことができる彼に対して、私は家庭人としての役割を求め、家の屋根の下に縛り続けていたのだなと思ったんです。たとえば私が、まったく向いていない経営や経理の仕事を押しつけられて、できないと言っているのに「なんでできないの?」と責められ続けたら、本当に苦しいはずです。客観的に見ても「もっと西山茉希が得意な分野はあるのだから、そこで輝けばいいのに」と思うでしょう。それと同じことを、私は相手にしてしまっていた。 彼が同じ屋根の下にいる限り、私にも求めることや、甘えたいことが出てきてしまう。だから「あなたは羽ばたいてください」と伝えた。それがお別れの言葉でした。 離婚を決めたあとは寂しかったですが、ようやく自分の心が動きだした感覚がありました。相手に期待したり頼ったりしていたところから、子育ても含めて「すべて私の責任」と割り切れるようになってからは、心が楽になりました。
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