〈「『お化けみたい』『怖い』と笑われた」“顔面奇形”と記された母子手帳、17回の手術…トリーチャーコリンズ症候群の女性(31)が語る、“視線の凶器”〉 から続く 【画像】母子手帳には「顔面奇形」と…生まれた直後の山川記代香さんの姿を見る 約5万人にひとりの割合で発症する先天性の疾患「トリーチャー・コリンズ症候群」の当事者として発信をする山川記代香さん。トリーチャーコリンズ症候群は、頬や顎の骨、耳などが形成されないことから、見た目に加え、呼吸や聴力の問題、口蓋裂といったさまざまな困難が生じるという。 生まれた直後からはじまったという数々の治療と、“視線の凶器”との戦いについて、山川さんに聞いた。 ◆◆◆
見た目に大きな変化があった2つの手術
――今日は愛知からお越しいただきありがとうございます。これまで周囲から“視線の凶器”を感じてきたということですが、田舎と都会とか、場所や年代とかで視線の違いは感じますか。 山川記代香さん(以下、山川) 今日はここまで来るのに必死であんまり気にしてなかったのが正直なところなんですけど(笑)、東京は、それこそ時代の変化だと思うんですけど、携帯を見ている人が多いので、視線を感じることは少なかったです。そもそも人の数が圧倒的に違うので、紛れられるというのもあるかと。 そういう意味では、田舎の方が見てくる人は多いかもしれないですが、今はずっとマスクをしているのでだいぶマシです。 ――視線からの防御という意味でマスクを常にしている? 山川 そうですね。ただマスクをしていれば見られないというわけでもなくて。私は頬骨がなくてマスクが顔に密着していない違和感があるのか、ちょっと不思議だな、みたいな感じで見られることはあります。 小さい頃にお尻の脂肪を取って頬骨の部分に入れる手術もしたんですけど、すぐに脂肪が溶けちゃったんです。 ――これまで17回手術を受けてこられたということですが、生活がしやすくなったとか、見た目に大きな変化があった手術はどんなものですか。 山川 2つあるんですけど、大きかったのは耳を作ったことです。それまでは耳がなかったので、マスクを耳にかけることができなかったんですね。 小学校では給食の配膳係の時にマスクが必要だったんですけど、耳にかけられない自分はマスクの紐の両端を結んで頭からかぶって付けるしかなくて、それがすごく嫌だったんです。 それで小3から中1にかけて片耳4回、合計8回の手術をしてようやく耳ができて。マスクが耳にかけられるようになったのも嬉しかったですけど、髪の毛をかけるしぐさができるようになったのもすごく嬉しかった記憶があります。
――障害について友だちと話すことはありましたか。 山川 あんまりなかったですね。自分も服は好きなので友だちと一緒に買い物をするのは楽しかったんですけど、徐々にメイクも……となった時にはついていけなくなってしまったのはあります。 恋愛面も同じようにどんどんついていけないというか、自分で封印しちゃってたんです。 ――メイクや恋はしちゃいけないと思われていたと。 山川 メイクしたってこの顔じゃ変われないよね、と思ってましたし、障害のある自分は恋愛の対象外だとも思っていて。特に恋愛については興味を示すことすらタブーみたいに考えて、恋バナから逃げていました。 でも、勝手に“恋愛に関係ない存在”として扱われるのも嫌だし、かといって好きな人を聞かれるのも嫌で、自分の中でずっとモヤモヤを抱えていた感じです。 メイクに関しては、母の「したいんだったらやってみたらええやん」の一言であっさり壁を超えられたのですが(笑)。
母親から、「自分の口で自分の病気のことを話すしかない」と言われて激怒
――先程のショッピングモールでの出来事のような嫌な思いをさせられた時、相手に注意することはありましたか。 山川 毅然と相手に立ち向かっていく母とは違って、私はずっと言えなかったし、今でも言えないですね。だからもし学校で嫌な目に遭ったら、まずは先生に報告して対応してもらうようにしていました。 ――そんな山川さんがものすごい怒りに駆られた事件があったそうですね。 山川 高校3年生の時のことなんですけど、登校中に下級生の男の子数人から、「怖〜い」とからかわれて、怒りのあまりその場に立ち尽くしてしまうことがあって。 ――前回、「怖い」「変な顔」といった言葉を小さい時から言われ続けてきたというお話がありましたが、前とは違う怒りを持った? 山川 その事件があったのは高3の秋だったんですけど、下級生にも学校から私の障害のことは説明してあったし、入学からずいぶん時間が経っている中だったので、「なんで今さら?」というのが一番大きかったです。 それを母親に言ったら、「自分の口で自分の病気のことを話すしかない」と言われてしまって。
――生まれた時は耳の穴もなかったそうですが、穴も手術で作ったのでしょうか。 山川 神経を傷つける恐れがあったので、穴を開けることはしませんでした。今は骨伝導式の補聴器で音を拾っています。 ――もともと聴力自体はあって。 山川 耳の穴は骨でふさがっているんですけど、中の神経自体は問題ないので、大きな声で耳元で喋ってもらえたら聞こえるくらいの聴力はあります。ただ、全部の音が一緒に入ってくるから、すごく聞き取りにくくて。 実際どういう聞こえ方なのかと聞かれると説明が難しいんですけど、水の中にいるような状態だとよく言われますね。 ――集団生活では大変だったのでは。 山川 教室だと、しゃべり声も椅子を引く音も全部一気に入ってくるので、友だちが話していても全然聞き取れなかったりして。言葉が文章として入ってこないというか、単語で入ってくる感じで、聞き取りが苦手ではあります。 先生から「聞いてるようで聞いてないだろ」って怒られたことがあるんですけど、会話の中でわからないことがあってもいちいち聞き返すのもアレだなと思って、今でも雰囲気で聞き流してしまうことはよくあります。 ――もうひとつの印象に残っている手術は? 山川 もうひとつは顎を前に出す手術ですね。これは手術の中で一番大変だったんですけど、顎が動かないように上下の歯を固定するので口が開けられなくて。でも、鼻の通りが狭くて普段から口呼吸の自分は口が開かないと呼吸がしにくいから、気管切開をしました。 それでも呼吸が思うようにできなくて本当にしんどい手術でしたが、ガタガタだったかみ合わせがきれいになったことで食事もしやすくなりましたし、歯を出して笑うこともできるようになって、自信につながった手術です。
メイクや恋は自分で封印してしまっていた
――友達との関係で見た目が影響することもありましたか。 山川 中学生になると遊び場が近所の公園からショッピングモールとかになって。そうするとやっぱり、人の視線が自分に集まってしまうんですよね。 一緒にショッピングをしてても周りから指をさされたり笑われたりするので、私と一緒にいると居心地が悪いんじゃないかとか、自分が楽しい雰囲気を壊しているんじゃないかとか、そういう悩みはありました。
――それは勇気がいりますね。 山川 「そんなの無理!」と、母に初めて反抗して。ただ、母も鬼のようになっていたので、私も売り言葉に買い言葉じゃないですけど、「じゃあやったるわ!」と言い返してしまって、しまったなと(笑)。 でも、そのおかげで全校生徒の前で病気のことを自分の言葉で話すことができたので、母には感謝しかないです。 見た目の障害を持っている私の場合、基本的に人との関係はマイナスからのスタートで。でも、自分の言葉で語ることでより障害への理解も深まるんだなと学びました。
初対面の人からは「優しそう」「真面目」と言われることが多いけれど…
――環境が大きく変わる時期はナーバスになりやすいですか。 山川 そうですね。入学や進級、クラス替えのある4月はずっと嫌いでした。お花見を心から楽しめるようになったのはわりとつい最近です。 初対面の人からは「優しそう」「真面目」って言われることが多いんですけど、それも結局周りに合わせているだけで、本来の自分を出していないからなんですけどね。 ――逆に、初対面でも良いコミュニケーションができたと感じるのはどんな時ですか。 山川 ひとりの人として向き合ってくれているのがわかるとすごく嬉しいですね。私が質問したのに、一緒にいる友だちや家族に対して答える人もいるんです。見た目から知的にハンディがあると思われることもあるからかもしれませんが、自分をひとりの人間として見ていないような対応には敏感です。 それで言うと、私が通っていた福祉大学は最初から全然、周りからの視線を感じなくて。サークル紹介のビラ配りをしている人たちも、一緒にいた親ではなく自分に向かって、「ここでやってるからよかったら来てね」と、まっすぐ自分に向かって話をしてくれたのがすごく嬉しかったです。 写真=原田達夫/文藝春秋 「“見ちゃダメ”と子どもの手を引く親も…」頬や顎の骨、耳がなく生まれたトリーチャー・コリンズ症候群の女性(31)が語る、複雑な本音 へ続く
小泉 なつみ
最新記事
- 1
井上尚弥、中谷戦ファイトマネーは過去最高額 東京Dは5万5000席完売、PPVの恩恵も…大橋会長「夢のある世界になった」(THE ANSWER) - 2
【パペットスンスン】オールナイトニッポンXのパーソナリティに! 2月13日放送決定(アニメージュプラス) - 3
寺島進、年金「安くねぇ!?こんだけ働いてるのに…」訴え「65歳からのハワイ」応援団長就任(日刊スポーツ) - 4
取扱量は9割以上も減少 スルメイカ不漁で初競り中止 わずか2匹の船も…漁業者は落胆 函館市(STVニュース北海道) - 5
元日本テレビアナ・多昌博志さん 7日に死去、63歳 1993年松井秀喜のプロ入り初本塁打、2001年長嶋茂雄監督の勇退試合で実況(スポーツ報知)
関連記事









Hao112 ニュース



